徒然なるままに
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こころ

長く生きるのは面倒くさい? 

時間の束縛

人生100年時代、長生きの時代になりました。健康でいて生活に必要なお金の心配がなければ、嬉しいことです。楽しいことを色々計画したくなります。

しかし、歳を重ねていくと当然体力は衰えてきて、体にあちこち不具合が出てきます。

仕事も若いときのようには出来なくなります。体力的にきつくなるし、記憶力も弱くなり新しいことに適応するのは容易でなくなります。

先のことを大丈夫だろうかと心配し始めると「長生きするのは大変だな。どこか適当なところで終わってくれた方がいいな。」なんて気がしてきてしまいます。

変わらない日常を過ごし、その中で将来の生活費を準備し、働けなくなったら蓄えを取り崩して、底がつかないうちに寿命を終える。

そういう時間軸の上に乗って歩いていくのかと思うと、その流れから抜け出したくなりますね。そういう束縛から自由になりたい。

時間を超える生きかた

確かにこの三次元で生きていくことは、時間の経過から逃れられない面があります。だからアンチエイジングが関心を集めたりします。

自分がこの次元に閉じ込められているという感覚を持つと苦しくなります。ですが、それは自分が勝手に想像しているだけです。

自分で呪縛をかけないで、時間の流れの外に出ること。それは、今の瞬間に生きることです。

時間は存在しないと言います。過去も未来も全て今この瞬間に存在していると。

今に生きていないとき、思考が未来や過去を想起して時間が感覚される。時間の流れの中に立っている自分が現れます。

しかし、何かに集中しているとき、没入しているとき、時間の経過は感じられません。子どものときは、夢中になって遊んでいたらあっという間に時間が過ぎていたという経験をよくします。

私は今に集中していると、時間の横方向の流れに対し、垂直方向に深く入り込んでいく感じがあります。

呼吸が深くなって、その間はどこか別の世界に行っているのかもしれません。文字通り時間の存在しない世界に行ってまた戻ってくるのかも。時間を超えて生きることは、人生を拡大する生き方と言えます。

何かに没頭している状態をゾーンに入るという言い方をしたりします。対象と一体化し、時間の経過の仕方が普段と違って感じられます。

そんな状態はなかなかやって来ないと言う人がいるかも知れませんが、私が思うに、時間の枠外に出るのは、ゾーンに入る以外にもいろいろあります。

それは、

  1. 何かを大切に思うこと
  2. 愛すること
  3. 空想すること(白昼夢状態)
  4. 睡眠中
  5. 自分を何か大きなものに委ねること

書き出してみたら、これらは自我から解放された状態だと気づきました。

この世的な事に処していくには自我は不可欠ですが、それでけでは息苦しくなってしまうということですね。

自我は三次元での生存のために肉体を持っている間、一時的に備わった機構とするなら、自我が時間を生み出しているのであって「時間は本来存在しない」というのは真実味を持って感じられてきます。

何かを愛すること、人でもモノでも。それそのものの為に何かをなすこと、交換条件でなくそれが好きだからすること。未知のものに向かって自分を開くこと。

こうしたことは多かれ少なかれ、虚構の世界を抜け出し、本来の時間の無い世界に自分を触れさせているのでしょう。

賢く立ち回る人が人生において損してしまい、愚かで純粋な人が恩寵に預かることが多いのはそういうことかも知れません。

誰しも人生は平等に出来ている、宇宙は誰に対しても公平と思えると、気持ちが楽になりますね。

だらだら、思いつくまま書き連ねました。長くなってすみません。

では、また明日。