徒然なるままに
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働き方

早期退職を目指す 〜人生100年時代の働き方

終身雇用の事実上の終了宣言とともに、令和の時代は始まりました。

世の大多数を占める会社員の行動様式が変われば、社会の空気も大きく変わって行きます。あとで振り返ると、令和と平成との違いを生み出した基調の役割を果たしたことに気づくでしょう。

個人は人生の長期に亘る安定と引き換えに、自分の本心、望みを実現しないことを選択してきたわけです。我慢して組織に自分を合わせて、長年そうやって、調和を乱さないことに神経を使い、人事異動に従って何でも指示されたとおりにやってきました。

会社が進む方向が明らかで、目標に向かって皆で一致団結して邁進すれば良い時代には、うまく機能した制度です。しかし、企業は方向性を見出せずに、模索する時代になりました。今企業が求めるのは、社外でも通用する専門性や知見を持った社員、自らイニシアチブを取れる社員です。

会社内で最適化することで生きてきた多くの中高年は、会社のお荷物になっています。リストラという形で解雇されたり、早期退職制度という制度が導入され自主的に辞めるよう促される対象になっています。

私の勤務先ではコスト削減のため早期退職制度の適用年齢を引き下げて、応募を呼び掛けましたが、予定していた人数を大幅に下回り失望が広がりました。これからは、もっと直接的に人減らしが可能になります。

自ずと、社員は一旦就職したからといって、安住することは考えないでしょう。自分と真剣に取り組んで、どう生きるか、心理的に依存しないで自分の求める生活を実現するにはどうプランを描いたら良いか、意識してやって行くことになるでしょう。

これから就職する社員は、会社や国(年金制度)に経済的な保証を十分期待できない以上、経済的な自立を意識して、資産運用を行い副業・兼業の可能性を視野に入れて行動するようになるでしょう。 すでに就職している中堅・若手の社員は、定年まで勤務しない前提でライフプランを考え直すでしょう。長寿化が進むなら、なおさらライフスパンを2つ、3つに分けて考えるのが自然になるでしょう。

つまり、早期退職を考えることが標準になる。早期退職という言葉は、終身雇用との対照で意味を持っていたのが、終身雇用の終了とともに早期退職もその意味の輪郭を失っていくでしょう、特別なことではなくなるでしょう。

セカンドステージに移行するのが標準。それが転職か独立起業か、或いは新しい技術習得のための学び直しの期間か、はたまたセミリタイアなのか、人により様々。結果的に同じ会社に勤め上げることになる人もいるでしょう。しかし、いずれにせよ、ある程度のところで次のステップへ進むこと(=早期退職)を念頭に生きて行くのが当然のスタイルになるでしょう。

同じ会社で机を並べて働いていても、心の内にはそれぞれの思いに従ったプランが存在している。働き方改革で時間の余裕が生まれました。今は同じ目的で協働しているが、職場を離れれば、それぞれの計画を実現するための時間を過ごす。副業先でより自分にあったスキルを伸ばし人間関係が広がっていくのを実感しているかも知れませせん。

横並びの発想、無駄な競争は消滅するでしょう。お互いの違いを認め、協力し合う関係が生まれてきます。つまらないストレスを感じることはぐっと減るでしょう。自分の良さを認めて伸ばしていけば良いのだと、多くの人が気づくでしょう。自分自身でいられることは健康な生活の基本です。

人が歩む人生のステージはさまざまです。結婚、子育て、介護を経験する人しない人、経験する場合もその時期もさまざま、いろんなことがあります。いろんなことが起きてきて翻弄されることもあります。人生の計画なんて立てても無駄、何かを人生に望むなんて無駄と思える時もあるでしょう。

ですが、自分が自然に楽しさを感じられる領域、志向性というのは小学生の頃から変わらないというのが私の実感です。人生を楽しむということが可能になってくる時代だと思います。そのためには社会の既存のシステムを変えていく必要がありますが、私たち一人ひとりにも出来ることがあります。

それは、そういう社会が実現したら、自分はこうする、こうしているだろう、と思うことを実際に行動に起こすことです。できる範囲で、気楽な気持ちで。人の意識が社会を創り出します。私たちの集合的な意識の反映が社会の姿です。行動する人を見て、自分もそうすれば良いのだと思う人が出てきて、変化は加速します。ポジティブな変化は広がります。社会の変化は自然に進みます。

日々の行動が積み重なって日常が変わって行きます。自分の変化は社会の変化です。ちょっとしたことから始めましょう。

自分の人生のハンドルは自分で握る。私はそのために経済的自由を得て早期退職することを目指しています。

では、また明日。