徒然なるままに
My Natural Garden & Cafe
こころ

素朴でいること

昨日は、「会社員は覚悟を持って行動すべき。令和の時代は、自分の好きなことを覚悟を決めて追求する者が繁栄する時代になると思う」と書きました。自分への励ましも込めたのですが、けしかけるような感じがして、それだとちょっとズレちゃうなと思ったので、今日のタイトルは、

 「素朴でいること」

です。

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何かを達成するためにこれをしなくては、あれをしなくては、と思ってしまうと、自分の自然な姿を見失ってしまいます。

社会の変化が激しく、既存のものが新しいものに取って替わられようとしています。これまで安泰と思われてきたものもそうではない。世間的に幸せとされるものを得ようと多大な犠牲を払っても、得られるものは思っていたものとは違うということが自然と明らかになっています。(それだけ社会が進歩したという証左)

価値観が揺らぐ中で、ひとりひとりが自分はどうありたいのか、静かに見つめ直し、自分で決めて行動していくことが求められるでしょう。

インターネットは個人をempowerし、資本がなくてもやろうと思えば実現できることも増えました。

だからと言って、何かしないと、自分は遅れをとるとか、分け前にありつけなくなる、といった恐れがあると、今の自分を否定して新しいことを始めなくては、となってしまいます。

結局は、自分が幸せを感じられる状態でいたいのに、そこに届くまで自分に我慢を強いてしまうということになりかねません。元の木阿弥です。

今の自分を否定してしまうと、自分は何が心地よく感じるのか、分からなくなってしまいます。世間の声でなく、自分のこころの声が導く方向、自分にとって心地よく思える方向が、自分の針路です。

こころの中のコンパスは、どちらを指しているのか、素朴でいないと感じ取ることができません。迷走してしまいます。

素朴でいられないことから身を引くこと、と

素のままの自分が好きなことをやっていくこと


が大切です。

身近な人に知られず、こっそりと、静かにやっていくのがよいと思います。人にどう思われるか気にせずにいられるのは、気楽で、自分の幸せを育てるには好都合です。

世間的な評価より、自分のこころが満たされているかどうか。それを知ることは自分を知ること、他人とは違う自分はどういう人間かを知ることです。そして、自分の望まないことを世間で良いとされているからと言って求めたりしないこと。無理をしないことです。

素の自分でいること、ありのままの自分でいることを受け入れていないと、何をしても何を達成しても、幸せを感じられない。自分と調和していない状態で外側のことを作り出しても、他人の評価は得られても、本当の幸せは感じられないでしょう。

何かを成し遂げようとすればするほど、私たちは本来の素朴な自分から離れていってしまいがちです。『無為自然』を説く老子を読むと、バランスを取り戻したと感じる人は多いでしょう。

道常無爲、而無不爲
(道は常に無為にして、而(しか)も為さざるは無し)

努力をしない、忍耐をしない、しかし全てを成し遂げてしまう。この自然な在り方が最もパワフルな在り方なのでしょう。

では、また明日。